ショーモデルという言葉に乗せられたわけではない。きれいなドレスに惹かれたわけでもない。穏やかな高井の言葉は、それでいて彼の熱意や理想を強く物語っていて、それが言葉という形を超えて遥の中に染み入ってきたのだ。穏やかだからこそ、無駄がなく、より強くストレートに感じ入ってしまうのかもしれない。
 この企画の趣旨に賛同し、このジュエリースギサキの社員であることに誇りを持ち、ジュエリーを愛している、若い人材の起用を目指しているのだ、と高井は言った。ドレスを着てみたい、高価なジュエリーを身につけてみたい、そんな人は必要ない。それならモデルクラブの二流モデルでいい。
「何より向井さんは、今はまだちょっと力を温存しすぎている。まだまだ本領発揮できる余力が残っているでしょ」
 にっこり笑って最後にそう言われたときには、遥は本当に何も言えなくなってしまったのだ。その瞬間、きっと自分は、心から途方に暮れた顔をしていたと思う。自分の表情の間抜けさが目に見えるようで、思わず笑ってしまったくらいに。
でもこの時、同時に、この人のために頑張ってみたい、と思ってしまったのだ。この人の、何事にも逆らわないようでいて何事にも流されず、ひとときも変わることのない、この独特の空気が持つ居心地のよさに触れていたい。この人と一緒に仕事ができたら、こんなふうに仕事と向き合うことが出来たら。
 それは、豊かな水をたたえた川の流れのように遥の人生を押し流して、ゆっくりと方向を変えさせるような、大きな力だった。けして急激なものではなかったけれど、ゆったりと抗いがたく、いつのまにかもと居た場所から離れている自分にある日気づくような、そんな流れなのだった。

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秘密メモ。[ぼやき。]
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