遥が高井と出会ったのは、部長からのいまいち釈然としない打診を引き受けて打ち合わせに訪れた、企画宣伝部の会議室だった。総務部で社内の雑務をしているので、高井佑輔という名前には見覚えがあり、期待の若手だという噂も聞いたことがあった。
 しかし、初めて高井を見たとき、遥にはそれが高井だとわからなかったのだった。サイズを計ったり衣装を合わせたりしているモデル候補の社員やスタッフが大勢立ち歩く会議室の中で、高井は思っていたよりも若く見え、思っていたよりもやり手には見受けられなかった。噂から勝手なイメージを抱いていた遥は、たまたま高井が目の前にいたにも関わらず、どの人が高井さんだろう、と騒然とする会議室を見回していたのだ。
「…かいさん!」
 その時不意に名前を呼ばれて我に返り、はいっ、とあわてて小学生のような声で応えたその返事が、隣りに立って周囲を見回していたその男と重なって、遥は思わず反射的に顔を見上げた。大声で名前を呼んだ女性は、カラフルなシャツとジーンズに小柄な身を包み、首からメジャーをかけ、まち針を手に小走りで近づいてくると、
「あれ? ごめんなさい、高井さんってお二人いらっしゃるんですか?」
 恐縮した様子で二人の顔を交互に見る女性を前に、二人はもう一度顔を見合わせてしまった。
「きみも高井っていうの?」
「いえ、ごめんなさい、私は向井といいます。聞き間違えちゃったみたいで…、ごめんなさい」
「あやまることなんかないですよ。なるほど…、たかい、むかい、か。確かに似てるなあ。うん、似てるねえ」
 妙に納得した表情で何度も頷き、ははは、と文字になるようなのん気さで笑いながら、高井は彼を呼びに来た女性と一緒に部屋の奥へと歩いていってしまったのだが、そのマイペースな口調や歩き方や表情は、その人が高井だとわかったあとも、遥の中のイメージとはほど遠いように思えた。
 高井佑輔って、企画宣伝部長一押しのやり手って言ってなかったっけ? ちっとも忙しそうに見えないけど、今回の企画の責任者じゃなかったっけ?

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秘密メモ。
[おぼろさんへ。]
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