前を歩く高井の背中をぼんやりと、その体の向こう側を透かし見るような視線で追いながら、遥は少し歩みをとめてみた。高井の背中が少しずつ遠ざかり、人混みの中でかすみそうになって、なんだかひどく小さく見える。隣りを歩く高井と遠くから眺める高井は、いつも別人のような気がする。
「遥? どうした?」
 気づいて振り返った怪訝そうな顔。
 その顔を見つめてゆっくりと微笑んでみせながら、なんでもない、と答える。そう、なんでもない。大人の恋なんて、なんでもないことばっかりだ。…「なんでもないことにしなくちゃいけないことばっかり」。
 再び横に並んだ遥を少し目を細めて見やると、高井はいつもとおなじ穏やかな声で言う。
「しかし遥も、ずいぶんとモデルらしくなってきたな」
「どうしたの、急に」
「今日ショーを見ながら、抜擢した甲斐があったなと思って、満足させていただきました」
 ふふ、と小さく笑って、遥はわざと視線を宙に泳がせた。こんな時の高井が必ず遥の反応を見つめていることを、十分に知っているのだ。表情の変化の一つも見逃さないようにしているかのような静かな深い目で、高井は必ず遥を見ている。
 ショーを無事終え、実紀は仕事へと戻っていった。遥は残業などすることは滅多にないので、ショーのある日は大抵会場から直帰だ。高井と久しぶりに食事でもしようということになって、遥の自宅に比較的近いターミナル駅まで移動し、雑然とした人の流れの中を逆らうことなく歩きながら、ゆっくり店を探しているのだった。
 今日は久しぶりに和食が食べたい、という高井の希望で、品のいい小料理屋に入った。こぢんまりとした店内の柔らかな艶のある木製のカウンター席に並んですわり、遥は少しほっとした。高井の空気をすぐ横に感じているのは好きなのだけれど、向かい合うのはどうしても苦手なのだ。穏やかにまっすぐな高井の視線は、正面から向き合うには静かすぎると思う。曖昧さが無さ過ぎて、ついいつも目をそらしたくなってしまう。

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秘密メモ。
[久しぶりに真面目にお話を書いていて、発見したこと。]

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